『進化心理学を学びたいあなたへ: パイオニアからのメッセージ』を読んだ

読んだきっかけ

大学の認知心理学の授業で、適応論的アプローチとして触れられていたので、どういう領域なのか気になった。

目次

  • 第1章 そもそもなぜ進化なのか――進化心理学の基本問題
  • 第2章 心と社会を進化から考える
  • 第3章 認知と発達を進化から考える
  • 第4章 意思決定と組織運営を進化から考える
  • 第5章 文化と知性を進化から考える
  • 第6章 未来の進化心理学者たちへ

感想

30名以上のこの分野のパイオニアたちがそれぞれ1トピックを担当する、中国の学生・若手研究者に向けて書かれた意欲的な本の日本語約本。そうそうたる面々に日本からは故・山岸俊男と長谷川寿一が参加している。

どこかのレビューでも見たが、進化心理学入門の「2冊目」として非常に優れいている本。各研究者のそれぞれ多彩な領域の研究から、進化アプローチの射程の広さがこの本からうかがい知ることができる。僕はこの本から手にとってしまったのだが、まず第1章で進化心理学の面白さに引き込まれてしまい、基本的な考えや用語を押さえたほうが良いと思って『進化と人間行動』を先に読むことにした。

特に印象に残ったパートをいくつか書いておくことにする。

ヴィクター・ジョンストンは、幻覚誘発剤に関する分子薬理学的な研究や事象関連電位の研究をしていた。事象関連電位は事象発生の約300ms後に生じる陽性の電位P3が有名だが、ジョンストンはP3に関する要因を研究しており、たとえ刺激の起こりやすさが同じでも、観察者にとっての刺激の価値次第で、P3波の振幅が規則的に変化することを示す結果を既に得ていた。。同時期にウィルソンの「社会生物学」(1975)とドーキンスの「利己的な遺伝子」(1976)が出版され始め、ジョンストンは脳は繁殖成功度を高めるために進化した一器官だと考えるようになった。そして、魅力的な女性の体の写真を見た男性の脳が発した強いP3成分を最初に見たとき、ジョンストンは「進化主義者に転向した」のだという。

これは至近メカニズムの研究と進化的視点の関係を表しているよい例なのではないかと思う。ジョンストンは「進化的観点だけが、様々な質的に異なる意識的感情(至近的意図)と遺伝子の生存(究極的意図)に対する多様な脅威と利益の間にある、密接な対応関係を説明可能」と書いている。ニコ・ティンバーゲンが示しているように、これらの問いは相補的で対立するものではない。

ジョンストンのさらに面白い研究は顔の好みに関するものだ。最も魅力的な女性の顔が持つ特徴は、どうやらある種のホルモンマーカーで、平均的な女性よりも思春期エストロゲンレベルが高いこと(ふっくらした唇)と、アンドロゲン曝露レベルが低いこと(短くて細い顎部と大きな目)で、いちばん重要なのは、低アンドロゲンマーカーと高エストロゲンマーカーの組み合わせが最大のP3波反応を引き起こしたということ(Johnston & Oliver-Rodriguez, 1996)だ。女性の美というものが、妊娠の指標となる思春期ホルモンマーカーと、それを見て感情的に反応する男性の脳の双方に依存していることが示されている。

ここで、進化心理学がよく言われるような後付けの「なぜなぜ物語」を作るだけの陳腐な学問であるという批判は自分の中で完全に払拭され、むしろこのような興味深い至近メカニズム研究につながる問いを作り出すことに価値があるのだと確信を持つようになった。

もう一つ紹介しておきたいのが、ティモシー・カテラーの話だ。進化アプローチが今よりも抵抗が大きかった大学院時代に、デヴィッド・バスの配偶者選好に関するセミナーを聞いたあとに、他の多くの大学院生と同じく進化アプローチに懐疑的なセミナーのインストラクター2名から出されたレポート課題に端を発するエピソードである。楽観主義と悲観主義をそれぞれ進化視点から説明させ、両方が説明できるなら、それは進化心理学についてどのような意味を持つかという挑戦的なものだった。

カテラーはまず、楽観主義的な性質と悲観主義的な性質が実際には直交しており、インストラクターが出した質問が意図するような、反対の構成概念ではないことを示す知見があることを紹介した。しかし、カテラーは設問の主眼は的を射たものだと認め、「あるリサーチ・プログラムがほぼすべての性質およびその反対の性質を説明できることについて何が言えるか」という問いへの回答を加えた。

カテラーは、ラカトシュの洞察、つまり進化心理学のようなリサーチ・プログラムは、正しいか間違っているかという観点から判断されるものではなく、それがライバルのリサーチ・プログラムから期待されないような新しい事実を生み出すかどうか、また核となる仮定に多くの注意書きをつけずに例外を説明できるかどうか、を基準にして判断されるものである、と述べた。

これはなかなか慧眼だなあと思った。進化心理学の批判でともかく一番多いのは、進化心理学は反証不可能だというもので、もっとも過激なものになるとエセ科学呼ばわりするものもある。ポパーの反証主義は僕のような素人にもシンプルでわかりやすいので、何が科学で、何が非科学かというのはとても難しい問題なのだが、反証可能性は反証不可っぽい=即非科学というように乱暴に使われがちだ。個々の命題や仮説を判断するとき、帰納的推論が誤用されやすく、その問題を克服するには反証主義が有用であるというのがポパーの主張だ。それでも、実際に科学を推し進めてきたのはそのような累積的な手続きではなくて、革命的なパラダイムの移り変わりですよね、というのがクーンが指摘したところだ。

ラカトシュにとって、仮説や予測は支持されるか否か(反証も含む)という観点から適切に評価できるものだが、理論やリサーチ・プログラムは個々の仮説とは異なり、まったく異なる哲学的な道具を用いて評価されるべきものということだ。進化心理学は検証可能な仮説を生成する理論的枠組みだ。生成される仮説は実際に検証して反証することができる。その前段階となる理論自体は、反証不可能ではないのか?そうかもしれない。でも理論は、反証可能性という視点で見てもあまり意味はなく、どれだけ検証可能な視点や仮説を作り出すことができるのかという視点の方が重要ですよね、というのがラカトシュの立場らしい。

このあたりの科学哲学の話もちゃんと勉強しておきたいが、少なくとも反証可能性だけをもってして進化心理学を攻撃するのは少し横暴だということはわかる。上のジョンストンの例のように、進化心理学は実際に多くの知見を産んできた。このあたりの話では、文化比較研究で有名な社会心理学者のリチャード・E・ニスベットの『世界で最も美しい問題解決法』でもわかりやすい記述があった。ニスベットによれば、反証可能かどうかという点で言うならば、そもそも広く受け入れられているダーウィンの進化論自体も反証可能かどうかは怪しいというものだ。しかし、進化論が勝つのはそれが反証可能であり、なおかつまだ反証されていないからではなく、

  • とてももっともらしく、
  • この理論がなければ無関係に見えるような数千とも数万とも知れない幅広い事実をうまく説明づけ、
  • 検証可能な仮説を生み出し、
  • 偉大な遺伝学者、テオドシウス・ドブジャンスキーの言ったように「生物学においては何一つ、進化論の視点なくしては意味をなさない」からである

としている。進化アプローチは演繹的に導いた理論から検証可能な仮説を生み出すというのが重要なポイントだと今のところは理解している。生み出された仮説が検証可能かという部分で反証主義は活きてくるし、前提となる理論は、議論として妥当かという点と知見を生み出すようなものかというラカトシュ的な視点が重要になるのだろうと思う

以上、このように濃い話が30以上詰め込まれているのがこの本だ。進化心理学に興味を持っている人にはおすすめ。

 

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