さらざんまい感想

安定の幾原邦彦ワールドでとても良かった。つながりにあふれている世界で誰ともつながっていない感覚がある。欲望を切り捨てて手放してしまった感覚もある。毎度毎度、核心部分をついてくるようなイクニアニメは今回も健在だった。

本作の重要な舞台装置としての吾妻橋は実際に渡ったこともあるのでイメージがしやすかった。雷門のある昔の町並みが残る浅草とスカイツリーや金のうんちがある墨田区を文字通りつなぐ。過去と現在・未来を象徴する場所のつながりの上で、ゾンビは世界とのつながりを失ってはじまりもおわりもないところに消失してしまう。

レオとマブは「はじまらず、おわらず、つながれない者たち」を本作でつながりを断つ道具として描かれている銃でゾンビにする。ゾンビに対峙するために一稀達もカッパになるのだが、これも「生きていて、死んでいる」というある種のゾンビのような状態だ。ゾンビ達と一稀達は本質的には何も変わらない。誰にも打ち明けられない欲望を抱えていて、誰ともつながれない、生きていながら死んでいるような状態にある。

幾原邦彦作品ではこれまでも、薔薇の花嫁を巡る決闘やピングドラムの奪い合いや、透明の嵐や断絶の壁など、意味不明で理不尽なシステムが存在していた。ゾンビの尻子玉を抜いて希望の皿を集めて願いを叶える今作の一連の流れは非常にコミカルに描かれているけど、その実は少なくとも5人の人間の存在を抹消して集めた者の願いを叶えるという過酷で残酷な儀式に思える。

今作ではつながりとともに、欲望が大きなテーマになっている。少し前のユリイカでのインタビューでも欲望に触れている。

僕も欲望ということはいつも意識していて、スマホの待受画面は欲望という文字ですからね。それはなぜかというと、大槻さんもおっしゃったようにぼやっとしていると欲望を忘れそうになるからです。ただ、欲望に邁進していく人間はどうやったって愚かしいので、その愚かしさのことも忘れないようにしたいと思っている。そのバランスですよね。欲望がなくなるとなぜ生きているのかわからなくなる不安があるけれど、欲望に邁進していくと必ず誰かを傷つけたり、やりすぎてしまったりすることがあるんだけど、そういう愚かしさを否定してしまうと、嘘になってしまう。そこで嘘を吐きたくない。

幾原邦彦; 中村明日美子; 相沢梨紗. ユリイカ 2017年9月臨時増刊号 総特集◎幾原邦彦 ―『少女革命ウテナ』『輪るピングドラム』『ユリ熊嵐』…僕たちの革命と生存戦略

この欲望のバランスの難しさというのがとても出ていた。今回はバランスを失った世界が「愛か、欲望か」を突きつけてくる。「欲望を手放すな、それは君の命だ」と説く一方で、つながらない絶望で世界を支配しようとするカワウソも欲望そのものなのだ。春河が夢で星の王子さまにこの二者択一を迫られたときに丸い縁が壊れてしまうかもしれないと感じていたように、この二者択一自体が誤っているのだろう。

最終的にケッピはかつて切り離した自分の絶望を取り戻して、世界の縁は丸く保たれた。サラが「喪失の痛みを抱えてもなお、欲望をつなぐものだけが未来を手にできる。」と語っていたように一稀達はさらざんまいで共有してきた喪失体験や罪を受け入れることでつながることができた。

口にしてしまうと、ちょっと野暮なんだけど、喪失と再生かな。それが自分のなかでここ数年のひとつのテーマになっている。喪ってしまったという共通の体験が周辺にも自分にもあって、それは取り返しがつかないことで、もう一回再生しなきゃいけないんだけど、どうやって再生すればいいんだというそれを探していく。

幾原邦彦; 中村明日美子; 相沢梨紗. ユリイカ 2017年9月臨時増刊号 総特集◎幾原邦彦 ―『少女革命ウテナ』『輪るピングドラム』『ユリ熊嵐』…僕たちの革命と生存戦略

結局のところ絶望や罪を排除したり断絶したりという試みはうまくいかなくて、向き合って抱えていくしかないということだ。ピングドラムで日本人が抱えている95年の罪に迫っていたように、今作も放映中に起こっていた様々な事件につながれない者たちを感じずにはいられなかった。どれだけの人に彼らの欲望に触れる覚悟があるのかはわからないけど、イクニにはしっかりと見えているというのが嬉しかったし安心できた。

 

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