初歩からの無職

霊長類がシェアハウスするということ

    この記事はシェアハウスのアレコレ Advent Calendar 2019の16日目の記事です。

    シェアハウスはメリットが多い居住形態で、住民との交流・生活体験などの主観的なものでなくとも、物件から生活家電、ライフラインなど複数人で利用できる余地のあるものはシェアできるなどの経済合理性の面でも優れています。それでも依然として特殊な住み方の地位にとどまっているのは、他人と生活空間を共有するという不安で、これも当然の発想でしょう。このデメリットに対しては、入居時のスクリーニングである程度同質性を高める、ハウス内うまく住み分けられる空間を作る、入居後に問題のある住民は退去してもらう、などがあると思います。

    基本的には上記のように「大変なこともあるけど楽しいこともたくさん!つべこべ言わずにおいでよシェアハウス!」で十分だと思いますが、他人と住むにあたって確実に生じる葛藤についてもう少し考えてみたいと思います。

    生物にとって同種他個体というのは同じ資源を奪い合う競争相手であり、それは高度な社会を形成する霊長類も例外ではありません。彼らが群れを形成するのは捕食者への対抗などの集団を形成するメリットが潜在的な競争相手との共同生活によるストレスというデメリットを上回るからです。だからこそ彼らは集団生活によるストレス低減と絆の形成のために毛づくろいに相当な時間を割くのであり、各々の毛づくろいでカバーしきれないほど群れが大きくなったときには群れは分裂します。

    Eine Gruppe Schimpanse beim gegenseitigen Lausen, Gombe Stream National Park

    By Ikiwaner - Own work, GFDL 1.2

    人間も霊長類のメンバーであり、他の霊長類と進化的な遺産の多くを共有しています。イギリスの進化生物学者ロビン・ダンバーは人類の進化において、サバンナに進出し共同体の規模を大きくする必要に迫られた祖先たちが、集団を維持するために笑い、歌、ダンス、言語が毛づくろいの役割を果たしてきたのではないかと提唱しています。シェアハウスにこの知見を役立てるとすれば、ハウス内でちゃんと毛づくろいは行き届いているのか、ということでしょうか。

    多くの霊長類の群れでは階層志向があり、構成員は互いの順位を認識しています。アカゲザルでは階層序列が非常に厳格で、支配者はすべての面で優位に立っており、下位者が勝手なことをしたときはいささかのためらいもなく罰を与えるのに対し、チンパンジーは支配的地位にある者は下位者の友人、保護者として振る舞うことが多いようです。これはチンパンジーがマカクやヒヒよりも下位個体同士が連合を組んで支配者に対抗できるからであり、人類学者のクリストファー・ボームはこの平均化のプロセスに注目して、狩猟採集社会で特権を踏み越えた族長が処刑される例を見出し、逆階層という言葉を使いました。霊長類社会が持つ階層志向に対して、チンパンジーなど類人猿では下位個体同士の連合がブレーキの役目を果たし、第一位個体は監督者としての振る舞いを要求されていると言います。ヒトの「高貴な」心の所産だと思われてきた公平性や道徳心とういものが、マカクや類人猿と分岐してきた進化の歴史の中で連続性が示唆されているのは興味深いことです。

    ヒトの公平性への執着を示す実験としては、最後通牒ゲームというものがあります。Aに一万円を渡し、Bと二人で分け合うゲームで、AはBに渡す金額を自由に決められますが、Bが拒否すると1万円は没収されます。最も一般的な対応は5千円ずつ分け合うことですが、Bにわたす金額を3000円未満にすると、Bは受け取りを拒否する傾向があることもわかっています。報酬をブドウに変えて同じ実験をチンパンジーでも行うと、チンパンジーではどんな条件でも提案した分を受け取ります。どんな条件でもBはもらう方が合理的なのでチンパンジーの方ですが、ヒトでは公平性を損なって少しの利益を得るくらいならば、一緒に損をして公平性を尊重するというディスプレイを行うほうが適応的だったのでしょう。

    シェアハウスはもちろん霊長類の群れや狩猟採集社会とは全く異なる社会です。群れは少なくとも一方の性がほぼ恒久的に留まるのが通常であるのに対し、シェアハウスは構成員のほとんどが出入りを繰り返す一時的な野営集団のようなつながりで、遺伝的利益を共有する血縁集団などのサブグループも基本的にはありません。群れでは捕食者や別の群れへの警戒や食べ物集めなどの共同の利益がありますが、シェアハウスは基本的にみんなバラバラの仕事でシェアしているのは生活だけです。進化の歴史の中でおおよそ遭遇していない集団形態に対して、我々の階層志向とそれに対するブレーキである不公平を検知するセンサーを備えた心は基本的に狩猟採集社会のままです。対等なメンバーが合議によって全体最適を目指すのは非常に高度なスキルが要求され、構成員が流動的にならざるをえないシェアハウスではさらに難易度は上がるのではないかと思います。

    シェアハウスで合議制は難しい。みんなの意見を聞くのは大切だけど、一人の絶対的管理者を立てたほうがいい。というシェアハウスを運営している平田さんの知見はとても納得させられるものがあります。個人的な経験でも、ディスカッションで全体最適を目指すというのが理想だったこともありましたが、そもそもハウスに寄せる熱量に温度差があるので、空回りすることも多いように思え、合議が成立する前提条件を満たすのがシェアハウスではなかなか難しいのかなと思います。

    共同生活で必然的に生じる葛藤を最小化するには、各構成員に倫理観を求める以上に、ヒトが抱える生来の志向とシェアハウスの異質さを正確に捉えて、そのギャップを埋めるような集団のデザインがきわめて重要になるのではないかと思います。これは、個室を作らないで交流を増やすような構造的な解決策であったり、イベントを開いたり、ガス抜き用に定期的に話し合いの場を設けたり、当番制で公平に作業を分担する機会を作ったり、あるいはシェアハウスに限らずグループに「心理的安全性」をいかにもたらすかの議論など、すでに様々に実践されていることでもあります。このような知見が蓄積されて共有されていくのは非常に良いことではないかなと思います。僕もこれだ!という具体的なプランが貧相な頭からはなかなか出てこないのですが、とりあえず部族社会に習って定期的に火を囲って踊り狂ってサイケデリック状態になりましょう(投げやり)

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