初歩からの無職

『エピジェネティクス――新しい生命像をえがく』を読んだ

  • 読んだ
  • 生物学
  • 分子生物学

読んだ理由

  • しょっちゅう出てくる「エピジェネティクス」をちゃんと把握しておきたい
  • 図書館にあった

感想

最近生物系の本をよく読むので「エピジェネティクス」をよく見かけるし、注目の集まっている分野ということでここらへんで一度ちゃんと把握しておこうと思って図書館から借りてきた。

エピジェネティクスは基本的に塩基配列を伴わない遺伝子発現制御のことを指すが、ここでは分子機構まで踏み込んで「ヒストンの修飾とDNAメチル化による遺伝子発現制御」としている。遺伝子発現は転写因子によって制御されているが、転写因子が結合する制御領域側の「状態」も、遺伝子発現に大きな影響を与え、この状態をエピジェネティックな状態という。ヒストンといえば、DNAを折りたたむためのタンパク質だが、これが遺伝子発現に重要な役割を果たしているようだ。ヒストン修飾はいくつかの種類があるが、ここでは転写が活性化されるアセチル化と、部位によって転写の活性化/不活性化が異なるメチル化が解説されている。ヒストン修飾と並んで重要なのが、DNAメチル化であり、これは4つの塩基のうちシトシンだけがメチル化修飾を受け、転写を抑制する。

エピジェネティクスが関係する生命現象として、春化、女王バチの発生、プレーリーハタネズミの一夫一妻制、記憶やストレス反応などが紹介されている。関係性の度合いに注意が必要で、このうち最も詳細に分かっているのは色々な変異体を用いた解析ができている植物の春化現象で、他はそれぞれにDNAメチル化やヒストンのアセチル化といったエピジェネティクス制御が関係しているということまではわかっているものの、それだけですべてが説明できるというわけではないようだ。

エピジェネティックな遺伝について、植物の方が多く見られるのは動物がかなり初期に生殖細胞が分化するのに対して、植物では個体が十分に成長してからであるので、体細胞に生じたDNAメチル化状態というエピジェネティックな変化が子孫へと遺伝してもそう不思議ではない、とあってなるほどなと思った。動物でのエピジェネティックな遺伝の例ではアグーチのバイアブルイエロー変異や尻尾の折れ曲がり方、妊娠中の食餌の影響などもあるが、このことをもって普遍的な現象とはいえないという段階のようだ。受精のときににゲノム全体にDNA脱メチル化が生じて、ほとんどの遺伝子のDNAメチル化が消去される「初期化」のようなことが行われるらしいが、ゲノムインプリンティングやアグーチのバイアブルイエローに関与しているレトロトランスポゾンなど、一部ではDNA脱メチル化が免れているものがある、ということのようだ。いずれにしても、やはりラマルク説のような用不用説的な獲得形質の遺伝は確認されておらず、それは環境要因のものに限られてくるみたいだ。

エピゲノム創薬の可能性はなかなか希望が持てそうな内容だった。塩基配列は薬剤では変更できないが、エピジェネティクスは各種阻害剤である程度操作が可能で、エピジェネティクスが大きく関与してる疾患であれば効果的な治療ができるかもしれない。

ジェネティクスを根本から揺るがすかのように誇張されて喧伝されることも多い分野だが、この本では「現状では、生命観を変えるとまで言うのは少し大げさな気がしている」と冷静に判断している。それでも、ほとんどの生命現象に関わる重要で活発な研究分野であることに違いはないので、これからも注目したいと思った。