『恐怖の哲学 ホラーで人間を読む』を読んだ

2017年もいろいろ面白い本を読んで、まあ今年はこんな本読みましたよとズラーッと並べるやつもやりたいんだけど案の定そんな気力もないので今年は読んだ本は短くてもいいからなるべく感想残すようにしたい。

恐怖の哲学という本を読んだ。内容は、「ホラー映画は怖いのになぜ楽しいのか」という身近な疑問を題材に人を哲学沼に引き摺り込む本だった。砕けた文体で順序立てて思考する感じの中身なので読みやすいといえば読みやすいけどボリュームも多いのであんまり咀嚼できていない感がある。

情動に関してはジェームズ=ランゲ説やシャクターの情動の二要因説などおなじみのことが紹介されていて読みやすかったのに加えて、末梢起源説からもう1歩踏み込んでダマシオのソマティックマーカー仮説に触れていたのが面白かった。情動は合理的な判断の邪魔ものと思いがちだが、実は人間の意思決定には欠かせないものではないかということがVMPFC損傷患者の例やアイオワギャンブル課題などが示唆しているらしい。面白いね。本書ではさらにこの身体説の流れに評価理論を組み込んだジェシー・プリンツの身体化された評価理論というものが結構いいんじゃないかということを言っている。

目次を見たときに嫌な予感がしたんだけど、やっぱり哲学的ゾンビと意識のハードプロブレムの項目はかなり難解だった。哲学的ゾンビというと難解だけど、想像可能性論法という説明だと少し分かった気もする。想像可能性論法から形而上学的可能性が帰結する、もし我々と全く同じ脳状態を持つにも関わらず意識体験を一切持たないゾンビが想像可能であるとすれば、そのようなゾンビは形而上学的にも可能である。でもそうなると物理主義では意識の存在を説明できないよね、ということのようだ。なるほど、分からん。

という感じで、哲学の面白さや難解さに触れる本としては結構面白かった。そして、心理学の教科書で情動説は諸説あるよという簡易な説明で済まされていたのにも納得する。沼だこれ。情動や意識と言った頭の中の領域は今かなりホットな研究分野なのでそういう読み物はやっぱり面白いですね。おわり。