初歩からの無職

『性の源をさぐる』を読んだ

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目次

  • I ゾウリムシとのめぐり合い —その性をもとめて—
  • II 性と受精 —発生学と遺伝学の顔のちがい—
  • III ソネボーン学派への参加 —ゴッドファーザーと仲間たち—
  • IV 分子生物学の潮流 —その中をゾウリムシは泳げたか—
  • V 性の発現とそのコントロール —細胞内注射と突然変異を使って—
  • VI エイジングと性 —性は老化の救世主か—
  • VII 生物にとって性とは何か —バクテリアから人間まで—

感想

だらだら生きていると無糸分裂という言葉に遭遇することがあるのですが、最近めちゃくちゃハマっているResearchat.fmさんが次に公開するエピソードでちょうど話す内容だったらしく、色々教えてもらいました。

原生生物については多細胞生物への進化モデルとされる細胞群体くらいにしか注意がいっていなかったので全く知らなかったのですが、まずゾウリムシは大核と小核という2つの核を持っているということです。「核はいつもひとつ!」とトリックに陥っていたのでこれがなかなか衝撃でした。これは複数の細胞間で生殖細胞と体細胞という役割分担をはじめた真核多細胞生物に対して、一つの真核細胞内で複数の役割分担という道を選択した生物という意味合いのようにも思えます。まるで企業がオンプレミスとクラウドどちらを選択するか、という問題かのようです。そこでおすすめされた本を読んでみることにしました。

性の源をさぐる (岩波新書)
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1986年刊行のゾウリムシを材料に研究を開始した樋渡宏一の本です。ゾウリムシ自体の面白さももちろんですが、敗戦から徐々に回復していく日本の研究環境と分子生物学の躍進が目覚ましい生物学界という激動の20世紀後半の研究史という面だけでかなり読み応えがある本だと思います。

高等な生物に見られる生命現象の起源を探るような話はどれも面白いのですが、ゾウリムシに見られる真核生物における性、老化、寿命につながるような現象はとても興味深いものがあります。

有性生殖でも雌雄性では雄と雌に形態の違いが見られますが、ゾウリムシは見かけ上は完全に同じなので接合型と呼ばれています。繊毛虫類の多くがそうであるように、ゾウリムシも複数の接合型を持っています。ヒメゾウリムシやテトラヒメナでは分子的特徴によって接合型グループの違いが種に格上げされましたが、ゾウリムシではそのような識別はできず、またグループ間の交雑実験でできた雑種に妊性があったことから、遺伝的距離はかなり近いことが示唆されています。著者はこの種分化の原動力としての性あるいは接合型を強調しており、その初期段階にあると思われるゾウリムシの重要性を説いています。

ゾウリムシはまた分裂回数という形での寿命を持っているのも面白いです。無性的な分裂は無限にできるわけではなく、一定回数をすぎた「老化」したゾウリムシはそれ以上分裂できずに死んでしまいます。これを回避するためには接合のような有性生殖が必要ですが、ゾウリムシは自分自身と接合する「オートガミー」という有性生殖的手段も持っています。僕も欲しい。

真核生物の寿命は多細胞生物における細胞間の協力関係として、細胞周期制御系で使い捨ての体細胞が死ぬようにプログラムされているから、だと思っていたのですが、そもそも単細胞真核生物にも寿命があることは興味深いです。(ゾウリムシは元々不死だという話がありましたが、それを実験的に否定した話もこの本に載っています。)やはり多細胞生物と同じく有害な変異の蓄積への対策となる機構のように感じますが、単一の細胞でそれをやりくりしているのがロックです。テロメアとかそのあたりはよくわからないので勉強したい…。

この本では多細胞生物の起源は繊毛虫類であるというハッジ説に「与したくなる」とありますが、分子系統解析などが発達した現在でも渦鞭毛虫の群体起源が主流となっていて、僕もこちらのほうがリーズナブルだと思います。ゾウリムシは一つの細胞で既に役割分担ができていて、すでに完成されている印象があります。いずれにしても生物の進化を考える上でゾウリムシという材料に非常に強い興味を持てるような本でした。

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