『人が人を殺すとき』を読んだ

読んだきっかけ

マーティン・デイリーとマーゴ・ウィルソンによる進化心理学の古典で、『進化心理学を学びたいあなたへ』で本人達が担当する章や、他の研究者の多くが読んだ本だったので読んでおこうと思った。

目次

  • 第1章 殺人と人間の本性
  • 第2章 血縁者に対する殺人
  • 第3章 嬰児殺し
  • 第4章 親による現代の子殺し
  • 第5章 親殺し
  • 第6章 殺しの動機は口論と名誉
  • 第7章 殺しはなぜ男で女ではないのか?
  • 第8章 男どうしの対立の論理
  • 第9章 夫婦間の殺し
  • 第10章 殺しへの仕返しと復讐
  • 第11章 殺人者の責任を問う
  • 第12章 殺人をめぐる文化の違い

感想

この本は殺人の研究に進化心理学のパラダイムを当てはめることの有効性を探ることを目的としたもので、進化心理学のモノグラフとして高い評価を受けている本だ。デイリーとウィルソンは、人間行動の動機づけ、自己利益の認識という進化理論の文脈から、個人間の利益の対立、葛藤の一つの究極的な現れである殺人に着目している。殺人に関する文献を調べたが、殺人率の違いを社会構造に求めて分析する社会科学者にしろ、殺人者の兆候を求めて個別のケースを分析する精神科医にしろ、人間関係の葛藤に関するなんらかの理論をもとに殺人を分析しようとした人はこれまでに皆無だったという。

人間がもっとも基本的にもっている自己利益の認識は自然淘汰によって生み出された進化の産物で、行為者の適応度を上げるように作り上げられているはずである。2人の人間の間で、片方の人間の適応度の期待値を上げることが、他方の人間の適応度の期待値を下げるとき、両者は対立状態にあると認識するだろうと考えられる。これが殺人の研究に対して著者らが適用した進化心理学的モデルであり、実際にこのパラダイムから様々な洞察が導かれている。

例えば殺人は家族に多いという一般的な認識があるが、血縁淘汰理論から予測されるように、実際に近縁者を殺すことは、非血縁者を殺すことよりも少ない。まれに血縁者を殺すことがある場合においても、このような行動を予測する要因として、親の資源配分に関する進化的な動機が反映されていると考えることができる。子殺しでは子の年齢や母親の年齢(残存繁殖価)が重要な要因であると予測され、また、継父母と一緒に暮らしている子どもには、殺しの危険性が非常に高くなることが示されている。

また、もっとも多い種類の殺人である、非血縁者の男性同士の殺人についても検討している。殺人の動機として取るに足らない些細な口論が大きな割合を占めているが、実際に地位や名誉といったものは、男性間の競争の中で女性を獲得し繁殖成功度を上げるための重要な社会資源であり、若い男性をとりまく状況や人生の見込みが、どれほど暴力を用いるかを非常によく予測していた。男性が至近的にも究極的にも女性の繁殖力に対するコントロールをめぐって競争しており、それは性的嫉妬や独占欲となって、配偶者殺人をもたらす対立の原因になっている。

進化理論から立てられた予測をもって、統計資料や民俗資料を分析し、通文化的に認められる人間の心理傾向を見出していくのは進化アプローチの有効性をわかりやすく示している。一方で、訳者の長谷川夫妻の研究のように、文化特異的な殺人の傾向もあり、メタ理論としての進化心理学の可能性を見せてくれる本だった。

 

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