公園で寝ることの是非 – パブリックスペースはどこまで利用していいの?

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ホームレス生活をはじめて1ヶ月が経った。実験的に路上生活を始めようと思ったきっかけと、実際に行ったことなどの記事を書いた。

クオリティ・オブ・ライフを追求した結果、ホームレスになった話をする

ホームレス生活に移行するためにしたことを大体書く

特に後者ははてブのホッテントリに載って多くの人に読んでもらえた。もうちょい叩かれるような記事だと思ってたんだけど、純粋に悩んで改善した結構有益だと思う情報もたくさん書いたので、その部分を面白いと言ってくれてる人もいるようで何よりです。

主な批判点としては「公共施設を勝手に使ってんじゃねーよ」とか、あるいは「ホームレス生活を余儀なくされている人達に配慮が足りない」っていうあたりだろうか。当然僕もその部分については結構考えているつもりなので、今回は前者の「公共施設利用の是非」について頭の中にあることを殴り書きしていきたい。

公園で寝ることは許されるか

「パブリックスペースにフリーライドをするな」

結構面白かったのが、公園で寝ていることに対して「フリーライドをするな」という批判があったことだ。僕が寝ている公園ではおそらく利用料のようなものを払っている人はいないだろうし、僕は脱税は今のところしていないと思うので僕が負担しなければならない分の税金は納めているしなぁ。

どうも調べるとフリーライダーは財の排除性の有無が非常に重要らしい。一般の物販・サービスは対価を支払ったものだけが便益を受け取ることができて、対価を支払っていないものは排除できる。だから財の排除性というわけだ。

たとえば純粋公共財である消火活動や治安・国防などは、対象になる利用者を限定することが難しい(非排除性)。誰かが費用を負担してサービスを供給すれば、負担していない人も便益を受けられる。結果として、供給のための費用を負担する誘引は働かず、みながただ乗りをしようとするようになる。

フリーライダー – Wikipedia

公共財は非排除性という性質を持っている。調べてないからアレだけど、都立公園は多分都民の税金で運用されているけど、例えば上京したての田舎っぺでも海外から来た旅行者が利用できないかと言えばそうでもない。負担しなくても誰でも便益を享受することができちゃうわけで、市場経済に任せてしまうと供給が不足してしまう。だから、公共サービスとして提供されているわけだ。

となると、公園をはじめとする公共サービスにはそもそもフリーライダーという概念は存在しない。税負担者を正当な便益の享受者とするなら、都内に住所を有していないやつはフリーライダーになりそうだが、東京はアレかもだけど地方とかは地方交付税とかもあるし、結局フリーライダーかどうかの境目なんてわからんよね。

パブリックスペースを占有するのはよくない

読んで字のごとく。公園で寝てるのは占有しているからよくないというわけだ。確かに公共のものを占有するのは間違いなくアウトだ。ただ問題は公園で寝ることが占有とみなされるかどうかだ。

占有というのは法律的には所持の意志を持って事実上の支配状態に置くことを言う。僕は本当に邪魔だったら言ってくれれば移動するし、そこを僕の場所として主張しているわけではないのでなんか違う気がする。他の遊牧民型ホームレスもそこは同じだろう。

法律用語引っ張ってくると屁理屈言ってるように聞こえるけど、これは結構重要で、公園で寝ることを占有とみなしちゃうと、公園でベンチに座って休むことも、ランチを食べることもキャッチボールすること(これは禁止されてるとこ多いけど)も占有とみなしちゃっていいの?っていうことになっちゃう。

同じような言葉で占用という言葉もあるけど、道路や公園などを使用する場合はそれぞれの占用許可を取る必要があることが多い。占用も独占使用という意味があるので、独占しているという実態が無ければ当てはまらない。

そういう意味で、定住型のホームレスは結構シビアな問題だ。彼らは公共スペースに家を作って占拠している。それでも未だに存在しているのは彼らの生存権とのセンシティブな問題だからだ。別に生死がかかるというのはオーバーな問題ではない。冬に凍死してしまうことは珍しくないし、寄り合って生活していないと襲撃を受ける可能性が高まる。

これに関してはホームレス問題の記事をまた改めて書きたいと思うが、少なくとも遊牧民型のホームレスは占有しているとは言えないと思っている。僕も最近はテントも貼ってないし。

公園の正しい利用法とは

となると、公園で夜を明かすというのは本来の利用法ではないから、それはダメなんじゃねえのということになる。

例えば僕が寝ている公園のひとつは児童福祉法上の児童遊園でもある。したがって、児童の更生施設として健全かつ安全な遊び場とするのがど真ん中ストレートの利用方法といえる。

例えばこれは公園内のペット侵入禁止というルールに反映されている。公園内は児童が遊ぶ場所なので犬の糞や小便などで児童が遊ぶ場所を汚されては困るからだ。

しかし、例えばその公園は昼間はすごい数のビジネスパーソン達が優雅に昼食を洒落こんでいるわけですよ。これって公園の本来の利用法なんでしょうか?児童遊園という観点では児童福祉法が想定した利用方法ではなさそうだが、都市公園としては通常の利用法の範囲だろう。では昼寝は?キャッチボールは?芝居の練習は?考えてみると、大雑把に他人への迷惑をかけることはやめましょうねというマイルドなルールで運用するほかないことに気づく。

キャッチボールが禁止されている公園が多いというのは有名で、キャッチボール以外にも日本の公園はありとあらゆるものが禁止されていて、結果的には何もできない公園があることが多い。これは、利用者の反対の声があると管理者が対策をしないわけにはいかないので、言われるがままに禁止事項を増やしていた結果なんだそうだ。非排除性という性質をもった施設で排除を徹底してしまった成れの果てと言えるだろう。

公園の正しい利用方法って実はとても難しいものだと思っている。公共スペースには様々なニーズがあって、それぞれの利用者は別の利用者のことをものすごくうぜえと思ってしまう。ときに公園から排除した方がいいのではないかと考えてしまうこともある。でもそれぞれが思う排除すべきものを全て叶えていくと、やっぱり何もできない公園になりそうで、公園自体の価値が下がってしまいそうだ。公園の利用法って全ての利用者の幸福を最大化するよう慎重に議論すべき問題なんだと思う。

僕が見た公園

失礼ながら、これを今読んでいるあなたより僕の方が公園をよく利用している確率は高い。夜の公園なんかは昼間と全く違った顔をしていて面白かったりする。

例えば、飲み屋街の中にある公園は週末になると若者が大騒ぎしている。周囲に住宅はおそらくないので、クレームもないのだろう。「昼間は公園に入ることはできないが、こんな深夜くらいは自由にさせてあげたい」と思っているのか、放し飼いで犬を散歩させる飼い主が日替わりでやってくる。ベンチは大人気で、全てのベンチにカップルが座ってイチャコラしてることもしょっちゅうだ。というかしょっちゅう顔くっつけてチュパチュパ音をたてているアベックも多い。関係ないが、ディープキスしてるあたりから僕はアベックと呼ぶようにしている。

公園は立地や時間帯によって様々なニーズがある。もちろん、昼間っからぺろぺろしてたら問題だけど、彼らも夜間に利用しているので特に問題はないのではないかと僕は思っている。

ホームレスも然りだ。僕自身もそうだけど、遊牧民型のホームレスは僕の観測範囲内だと夜遅く寝て朝早く起きている。昼間の利用者に迷惑をかけないようにするためだ。別にキレイ事ではなく、昼間の人間に迷惑をかけると自身が排除される可能性が高いので当然のことである。

結局、自己弁護になってしまうので説得力はないけど、遊牧民型のホームレスは昼間の人間の利用を損なうことなく住み分けができるし、若者のように馬鹿騒ぎすることもないし、花火で火事を起こすこともない。あ、ベンチでディープキスはしたい、切実に。

ベロベロに酔っ払って大騒ぎしながらゲロを撒き散らしてるサラリーマンの方やタバコやらゴミやらを捨てていく若者達を見てる僕からすると、公園ユーザーの中でも遊牧民型ホームレスは無害な方だと思う。

僕の公園利用ルール

僕が思うところ

というわけで、色々頭をめぐらしていても、結局は僕の行動が気に入らないやつはいるし、同様に誰かが誰かを疎ましく思うのはどうしようもない。公共のスペースってそういうものだ。正直なところ、僕より悪質な公園ユーザーを実際に見ているし、僕の利用法は特に他者に直接損害を与えるモノでもないと思っているので、様々な場所を利用させていただいている。自分勝手で大変恐縮ですが。

自分に課したレギュレーション

独りよがりな俺ルールにすぎないんだけど、まぁ列挙すると次のような感じだろうか。

  • 利用者の少ない深夜から早朝だけを利用する
  • うるさくしない
  • ゴミを出さない
  • 占有しない
  • 火を使わない
  • ディープキスしない
  • etc…

まぁ要するに他人への迷惑はできるだけ最小化しようねということだ。まぁ僕が寝ているという最大の不快感はどうしようもないけど、できるだけ利用時間帯で住み分けをしようと思っているし、実際に僕と他のホームレスの人達を除けば深夜の公園利用者はほとんどいないので、特に問題はないのではないかと思っている。

この記事を読んでいる人で、僕が寝ていて邪魔だった場合は一声かけてくれれば善処はするのでどうぞよろしく。