ゴールデンカムイで描かれる呪われた金と「文明」という怪物

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全く月並みなセレクトだけど、最近読んだ漫画で面白かったのはキングダムとゴールデンカムイだ。今月はゴールデンカムイの発売日ということでゴールデンカムイとかアイヌの話をしよう。このエントリは若干のネタバレを含んでいるので、気になる方は先に読んでおくことをオススメしておく。はい、もう俺言ったからね。悪くないからね。

ゴールデンカムイは2016年のマンガ大賞作品にも選ばれてるだけあって完成度高い。日露戦争後の北海道を舞台に、アイヌの奪われた金塊をめぐって様々な勢力が蠢くアイヌグルメ漫画である。あれ…金塊は…?

当初の目的を完全に忘れる杉本 (ゴールデンカムイ3巻より)

当初の目的を完全に忘れる杉元 (ゴールデンカムイ3巻より)

簡単なあらすじは他の説明が詳しいので任せるとして、この物語の中心にあるのは北海道の金だ。物語の核心的な事件は和人に抵抗するために密かに金を蓄えていたアイヌ達が殺害され強奪されたことにある。主人公の杉元は親友の妻であり想い人でもある梅子の治療費のために、アイヌの少女アシㇼパはアイヌの金塊が奪われたときに殺された(とされる)父親の敵討ちと真相を知るために。杉元一派以外でも、第7師団の鶴見中尉は賠償金の取れなかった日露戦争に深く失望しており北海道を狙うために、箱館戦争を生き延びていた元新選組の土方歳三は蝦夷地の独立を、あるいは永倉新八のセリフを借りれば死に場所を探すためにアイヌの金塊を求めている。

北海道の呪われた金

アシㇼパのコタンでは奪われた砂金を呪われたものだとしている

アシㇼパのコタンでは奪われた砂金を呪われたものだとしている。(ゴールデンカムイ2巻より)

この漫画のすごいところはバトル漫画の要素だけでなく、歴史漫画であり狩猟漫画でありグルメ漫画であることだ。一つの作品にこれだけてんこ盛りにしてしまったら何かがスポイルされそうなものだが、ゴールデンカムイはどれも絶妙にバランスが取れていて、しかも面白い。

特にグルメ描写の評価が高く「これ金の争奪戦要素いる?」とか言われちゃったりするのだが、ここは声を大にして言いたい。ゴールデンカムイで金は外せない重要な要素だ。

日本は全国各地に金山があるが、東北地方も有名な金山が例えば栄華を極めた奥州藤原氏の財政基盤は三陸海岸沿いの金山からもたらされる砂金であったし、ジブリ映画のもののけ姫の主人公アシタカは非ヤマト王権勢力であるエミシの出身という設定だが、村を出た後に砂金で米を購入している描写がある。ジコ坊、あの時はほんまありがとうな。

作中でも描かれている通り、北海道もまた幾度と無くゴールドラッシュに沸いた地域でもある。1900年代から北海道各地の大規模な金山開発が進んでいくが、 瀬川拓郎『アイヌ学入門』によれば、歴史的に見るとシャクシャインの戦い以前から大量の和人の金掘りは出入りしていたようだ。金をめぐる和人とアイヌの関係については次のように述べられている。

一八世紀以降に増えてくるアイヌにかんする記録をみると、アイヌは金の価値も、その採取法も知らないとされています(『蝦夷草紙』ほか)。和人の目には、アイヌが貨幣によって交換レートの公平性を確保したり、富を貨幣のかたちで蓄えることができない、その日暮らしの未開人と映っていたのです(『休明光記』)。

瀬川拓郎『アイヌ学入門』

近代の和人はアイヌは金に関する知識を持ち合わせていないという認識だった。これに対して著者はアイヌが金の採取法や価値を知っていた可能性があると指摘している。

近年の発掘調査によって、奥州藤原氏の一団が一二世紀に北海道の日高へ移住していた可能性や、一〇世紀の北海道に修験者たちが入りこんでいた可能性が指摘されています。私はそれらが北海道の金にかかわるものであり、アイヌの歴史は金によって、また金をめぐる和人との関係によって大きく変化してきたのではないかと考えています。

瀬川拓郎『アイヌ学入門』

確かに和人の資料だけでなく、アイヌの金にまつわるユーカラや、東インド会社やロシアの記録などがアイヌ社会に金の流通があったことを伺わせる内容は多い。

ここで重要なのは北海道に眠る大量の金がアイヌと和人の関係性に決定的な影響を与えたということだ。アイヌはかなり積極的に交易を行っていた民族で、和人はアイヌとの交易を通じて熊の毛皮やオオワシの尾羽根などを手に入れていた。北海道でしか手に入らないものは交易で入手できるのだから、わざわざあんな過酷な環境に移り住む理由などないようなものだが、金が産出されるとなれば話は別である。言い換えれば、アイヌにとって金はその価値以上に自分たちの生活を脅かす危険性をももっていたわけだ。ゴールデンカムイの作中でもアシㇼパのおじのマカナックルが砂金は魔物が憑いている呪われたものだったと語っている。

プレイヤーとしてのアイヌと「文明」という怪物

物語はアイヌ不在の争奪戦から、アシㇼパの戦いへと変わっていく。(ゴールデンカムイ5巻より)

物語はアイヌ不在の争奪戦から、アシㇼパの戦いへと変わっていく。(ゴールデンカムイ5巻より)

ゴールデンカムイで全ての物語の始まりとなる金強奪事件は、金を隠し貯めていたアイヌを殺害して金を奪うという極めて直接的な収奪行為だ。これは歴史的に見ても和人によって土地や文化、アイデンティティを奪われてきた「被害者としてのアイヌ」を想起させるように思える。杉元の相棒であるアイヌのアシㇼパも本質的には金争奪戦自体には参加していないし、後に登場するアムール川流域のアイヌであったキロランケも杉元達の取り分以外の残りは日本のアイヌに返すべきだという主張こそするものの、「最後まで見届けたい」とする消極的なポジションだ。

しかしその後判明した事実は、金強奪事件の主犯の「のっぺらぼう」こそ、キロランケとともに日本にやってきたアイヌであり、アシㇼパの父であるというのだ。ここで被害者であり傍観者である「奪われたアイヌ」観から一気に争奪戦の中心的プレイヤーとしてアイヌが位置づけられる。

僕は「当事者としてのアイヌ」がかなり重要だと考える。アイヌに限らず、少数民族や先住民族は入植者に蹂躙されたかわいそうな存在として認識してしまいがちだが、実際はそんな安易な構造は多くないのではないかと思う。

例えば、アメリカインディアン(当事者であるインディアングループはネイティブアメリカンという呼称に批判的である)は白人に一方的に侵略されたような印象を持ってしまう人もいるが実際には新大陸を舞台にした白人同士の権益争いにインディアンの部族同士の争いが絡むなど、その内容は実に複雑な様相を呈している。そこには侵略してきた悪い白人とかわいそうなインディアンという単純な図式は存在しておらず、インディアンもゲームの参加者だ。インディアン戦争の象徴的な人物である悪名高いジョージ・アームストロング・カスターは以下の様な鋭い洞察を見せている。

私はしばしば、自分がインディアンだったら、「白人の作った保留地に閉じ込められ、やりたい放題で悪徳だらけの文明のお情けにあずかって生きながらえるより、自由で遮るもののない平原を仲間と守り、運命を共にするほうを選ぶほうがずっとずっと楽しいだろう」と考えたものだ。

我々白人は、長らく進んでインディアンを美しいロマンで包んでいた。しかし、一度それを剥ぎ取ってしまえば、彼らは「気高き赤い男たち」とは呼ばれなくなり、インディアンという人種は残虐そのものとみなされることとなる。けれども、同じような境遇に生まれ育てば、白人だって彼らと同じようになってしまうだろう。人間というものは沙漠の野獣同様に、残酷かつ獰猛になれるものなのだから。

この土地は、インディアンたちが長い間自分たちのものだと思い、狩りをしてきたところだ。それを「文明」というこの貪欲な怪物から明け渡せと要求されたとしても、誰の助けを得るわけにもいかない。

彼らはただ降服あるのみだ。さもなくば彼らは、この「文明」という怪物に無慈悲にも踏みにじられ粉砕されてしまうだろう。どうも運命というものは、それを望んでいるように見受けられる。

自伝『わが平原の生活』(Wikipediaより)

インディアンは土地や生活・文化を無慈悲に徹底的に奪われてきた。文明をそこまで怪物たらしめたのはカリフォルニアで発見された金にほかならない。金は文明という怪物を呼び寄せる。砂金は魔物が憑いた呪われたものという作中の言葉は真実なのだ。北海道に大量の金があるということはアイヌはいずれ文明の怪物と直面する運命を背負っているということだった。

ゴールデンカムイは金を巡る北海道の物語だ。誰の助けを得るわけにもいかないというカスターの言葉通り、アイヌは傍観者ではいられない。幕末の亡霊や日露戦争の憎悪だけでなく、杉元でさえ金を求める怪物の一人なのだから。

金を巡る争奪戦はどうしようもなくリアルだ

以上のように、僕が言いたいのはゴールデンカムイが金を巡る争奪戦を描いているというのは、どうしようもなくリアルな歴史描写であるということと、8巻早く読みたいということだ。一体これからどうなってしまうんだコンチクショウ。

アシㇼパは未来を意味するアイヌ語で、彼女は名前の通り非常に現実的な女性として描かれている。今後アシㇼパ達アイヌに待ち受ける現実・未来はとても過酷だ。100年もたたないうちにコタンは消え、政治家が「一民族、一国家、一言語の日本」とのたまっている。ゴールデンカムイが大正期の、まだ各地にアイヌの生活があった時代を描いている以上、これからこれらを奪う怪物は必ず登場してくるだろう。

ゴールデンカムイでアイヌに興味を持った人にはアイヌ学入門がオススメだ。古代史と同じく実証が難しい分野ではあるものの、資料や定説の紹介にとどまらずにアイヌ研究者である筆者の「俺はこう考える」という部分が結構面白くて楽しく読める。アイヌに対するイメージがかなり変わるし、逆にアイヌについて、ひいては日本人について何も知らなかったんだなぁと打ちのめされてしまった。

アイヌにはまりすぎて都内にある本州唯一のアイヌ料理店にも足を運びました。ヒンナヒンナ。8巻楽しみにしております。

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