初歩からの無職

ギークハウス沖縄解散パーティとギークハウスの終わり

    めんそーれ種延です。ギークハウス沖縄の解散パーティに参加が目的でここ4日間ほど沖縄をぶらついておりました。沖縄旅行記はまたあとでまとめるとして、今回はギー沖に遊びに行った話をしたいと思います。

    僕自身はギー沖はもちろん沖縄にも行ったことがなかったんですが、ギークハウスをよく知らない人と話すときに「沖縄にもある」ということをお伝えするとものすごくウケがいいという、現地沖縄周辺のIT関係者だけでなく、本当に全国のギークハウスプロジェクトの可能性を広げてくれたのがギー沖だと思います。

    そんな南国のギークハウス沖縄ですが、この度2015年3月1日をもって一区切りをつけることになったそうです。@kimihito_さん、ギー沖関係者の皆さん、お疲れ様でした。

    ギークハウス沖縄について

    ギークハウスの沖縄支部

    2012年に作られた沖縄のギークハウスです。沖縄は国内・海外の旅行者が多く、ゲストハウスが本当に多い土地なのですが、そんな場所で共同生活をする場所を作ったら面白いんじゃないかということでkimihitoさんがはじめられたそうです。ギークハウスの沖縄支部ということでギークハウス関係の繋がりもあり、我らがボス・ギークハウス元住吉のお掃除モンスターの爪痕も確認できます。

    那覇市内の好物件ギークハウス

    一軒家型のギークハウスとしてはおそらく一番の広さなのではないかと思われます。2階建ての広々とした全室個室で本当に広々としております。しかも家賃はびっくりするくらい安いです。スーパーも徒歩一分のところにあって、しかもEDY決済対応という嬉しいモノ。

    ギークハウス沖縄があるのは国際通りからも近い那覇市内なのですが、那覇って本当に都会なんですよね。空港はめちゃくちゃ近いですし、人の出入りが激しい街なので基本的になんでも揃っています。夏は海のシーズンで賑わいますし、冬でもぽかぽかで過ごしやすい。一番のメリットは花粉が飛んでこないです。これだけで沖縄最高ですね。

    沖縄ギーク達の交流の場

    Okinawa.rbという沖縄のRubyユーザーグループはギー沖で毎週Meetupをやっていて、ハッカソンや勉強会なども行っていたようです。ギークハウス沖縄にはRubyパパMatzさんことまつもとゆきひろさんもきていたようです。

    東京とかは勉強会の場所やコミュニティは山ほどありますが、地方だとギークハウスのようなコミュニティと共有スペースが活きるのかなと。ある意味、首都圏のギークハウスよりも地方ギークハウスの方がポテンシャルを秘めてるかもしれません。

    ニート、解散パーティへ…

    そんなわけで沖縄とは縁もゆかりもない私ではございますが、行ってみたい!ということで参加させていただきました。行ったことないギークハウスに行くのは慣れてるぜ!と果敢に歩きまわりますが結局迷った後に到着。離島を歩きまわった後でしたので、到着早々お風呂をお借りすることに。(すいません…)

    buta

    お風呂から出るとギー沖名物(?)豚の丸焼きがお出迎えしてくれました!すごい!!そして圧巻の参加者数です。ギー沖住人や元住人・エンジニア・ITの専門学校の講師や学生、さらには県外の縁のある人々など最終的に40人近い人数が集まったそうです。老若男女入り乱れるすごい集まりでした。これが沖縄のコミュニティなんですね。まだまだ参加できなかった人も多かったことを考えるとギー沖がどれだけの繋がりを作っていたかが分かります。

    ギークハウスの集まりって本当にすごいなあと思っていたんですが、「沖縄はこういう集まりができるんだよ」っていうのを言っている方がいて、沖縄的コミュニティを都会にも持ってきたのがギークハウスなのかもしれないと思いました。沖縄もぽかぽかでのどかで、どこかゆるいイメージもあるし。逆に言えばギークハウス住人は沖縄はめちゃくちゃ居心地がいいのかもしれません。

    geeoki-lt

    geeoki-lt2

    LTはギー沖の思い出、歩みなどから、これからやろうとしていることについてが熱くプレゼンされました。 ギークハウス沖縄という形は一旦区切りがつくことになりますが、沖縄のエンジニアのコミュニティはこれからも形を変えて発展していくのだと思います。

    ギークハウスが終わるということ

    ギークハウスは毎年数を増やしていますが、解散したギークハウスももちろんあります。解散っていうのは結構ネガティブにとらわれがちなんですが、多分ギークハウスにおいてはそういうこともないんじゃないかなと思います。元々「ここにギークハウスがあったら面白いんじゃないか」とか「こんなギークハウスがあれば面白いんじゃないか」という話に乗っかる人がいて初めてギークハウスはできるものだと思っていて、逆に住む人が集まらなかったりだとか、管理の引き継ぎや物件の更新が面倒くさいだとかで存続自体のハードルが高くなり、面白話に乗っかる人が少ないのであればやめるだけの話なんだと思います。

    別のシェアハウスをやっている人が「ギークハウスって何件か解散してるし持続可能な事業としてしっかりやらないとね」的なことを言っていたのですが、営利でもないのに「存続」を第一目標にすると多分ろくなことにならないんじゃないかと思います。重視すべきはコミュニティの継続と発展であって、その手段に過ぎない物理的な空間に固執する必要はあまりないのではないかと。ギークハウス沖縄という物理的な空間はなくなってしまうのだけれど、今回のギー沖の解散パーティを見れば分かる通り、ギー沖が作ったコミュニティとしての繋がりは今後も生き続けるわけです。また作りたいって人が出て住みたい人がいればまた出来るだろうし。それだけの話だと思うんですよね。

    かくして、ギークハウス沖縄プロジェクトは大成功のうちに幕を閉じたのであります。kimihitoさん、ギー沖住人の皆さん、沖縄のギークの皆さん、お疲れ様でした。楽しい会をありがとうございました。また沖縄で・・・!