初歩からの無職

AERAの今週号に掲載されました。内容の補足と取材の感想

    どうも種延です。まずは報告からで、今日8/24発売のAERA(朝日新聞出版)の今週号にて、若者特集の冒頭に僕が載ってます。10冊買いましょう。

    AERA「U35の若者特集」

    aera1 巻頭特集の一番最初に載ってます。(引用:AERA 2015年8月31日号)

    非バトル系と意識高い系

    今週号のAERAは若者特集ということで、その中の「非バトル系」と「意識高い系」の若者の中で「非バトル系」として取材を受けていました。 取材の話があがったのは元々AERAの記者さんがまずphaさんにコンタクトをとって、そこから僕を紹介してくださった感じです。この場を借りてお礼申し上げます。phaさんありがとうございます。 特集内容がまさに自分に関することだったし、ワンチャン週刊誌に自分の名前が載ったら嬉しいので、ぜひ取材に来て欲しいとお伝えしたら首尾よく掲載が決まった感じです。

    本記事の内容

    取材内容はほぼ僕の生い立ちと今考えていることを延々と喋ったのですが、まさかのリード部分に僕が来るとは思わなかったのでびっくりしています。 基本的には高校中退してから何とか大学に戻って新卒で就職して人生のレールの軌道修正に成功した(と思っていた)話や、就職してからのダメダメな人生とかギークハウスに来た話、今考えてることやこれからのことを取材では話しました。 今回の特集記事は結論から言うとマイルドヤンキーを肯定的に捉えている記事なので、「非バトル系」「意識高い系」の若者は噛ませ犬ポジションです。AERAの読者層を考えると仕方がないですね。

    素直に掲載されて嬉しい

    誤解のないように言っておくと、今回掲載されたのはめちゃくちゃ嬉しいです。僕みたいな何の取り柄もない人の話を聞いてくれて、とてもオピニオン誌に載せてくれたのですから、ただただ感謝する限りです。 取材自体は結構な長時間を割いて頂いて、生まれてから今に至るまで、夜の性生活まで余すところなく質問を頂いたので、自分的にも考えの整理になるくらいでした。僕だったら鼻くそほじりながら「ふーん」で済ませるところも、なぜそう思ったかとかこういう考え方ではないのかと、徹底的に取材されているのを見てただただ感心するばかりです。思わずほじった鼻くそをぺろっと食べてしまうくらいですね。 掲載記事は割りと僕が社畜を見下しているテイストに仕上がっていたのですが、まぁ想定内です。想定内って言うとクールな感じに聞こえるけど、いざ現物を見るとやっぱり恥ずかしいですね。口の中の鼻くそのしょっぱさと似ています。 phaさんも何回も雑誌やテレビなどの取材を受けていて、あーこういう編集のされ方をされるんだなぁと僕もそれぞれのメディアを見ながら思っていたのでそういう意味では想定内です。あと断っておきますが、別に事実無根を書き連ねているわけではないのでご注意を。僕が何気なく言った言葉をこういう感じに捉えていて、こういう感じに使うんだなぁって感じです。ボキャブラリー不足でゆるふわな感じですがこんな感じですかね。 そもそも限られた文字数で僕に関することを正確に伝えるのは無理だし、僕自身が伝えたいことを載せるのではなく、AERAが求めているモノと一致する部分があったから掲載していただいたのだと思っています。なので、うまい具合にAERAに拾っていただいて、掲載してくれたことに感謝しています。 みんな10冊買おうね!

    本記事の補足

    というわけで、以下は記事を読んでくれた人への補足です。ところどころ引用させていただいてます。

    大体あってる

    生まれてからギークハウスに来るまでの生い立ちは大筋ではあっています。 前職で心証を悪くしたのはひとえに僕が使えなかったクズで、目を付けられたというか完全に見捨てられていた感じですが、まぁ大体はあってますね。 工場に移動して出荷作業を担当したところで「人生終わった」と思ったとありますが、これは営業から異動させてくれと泣いて頼んだ時ですね。「普通に大卒で正社員就職しないと人生終わる」というのが僕の家庭のドグマで、僕は中退しつつも大卒して就職してそれなりに出世していくレールだけは守ろうとしてました。それが無理になったので人生終わったって当時は思ってたって感じです。 実際には出荷場に異動してからはハチャメチャに楽しくなって、みるみる精神も回復していきました。東京に来る活力は出荷場の人達や運送屋の運ちゃんに頂いた感じです。この辺りからは事務所の人達とも普通にコミュニケーション取れるようになったので会社が結構楽しかったです。なんだかんだ、営業で使えなかった時点でクビにしないあたり、すごく優しい会社でした。

    写真の文章

    会社が船なら僕らはカヤックとカッコイイ発言が載ってますが、まずは面白法人カヤックに謝罪いたします。 これは取材中に普通に受け答えしている僕に対して記者さんが「なんか普通にコミュニケーションできるし、コミュ症じゃないじゃん」っていう文脈の中の会話だったと思います。自分がどうコミュ症なのを伝えるのってコミュ症には辛いところです。コミュ力ないからね。 会社を船に例えると本当に使えない船員で、周りに迷惑をかけているのが本当に辛くて、どうしていいかわからなくてパニックになってしまうのに対して、上京してからやってることって基本的には迷惑は全部自分に帰ってくるし、ギークハウス・ギークオフィスの人達や僕に仕事を振ってくれたりしている人達も、ある程度同じ方向を見て進んではいるけど、根本的には違う船だから僕が沈んでも困るのは僕だけなんだけど、それが僕にとってはすごく居心地がいいという話。 ちょうど奄美大島でカヤックがめちゃくちゃ楽しかったのでついカヤックという例えをしてしまいました。コンビニでこの文章を見て頬を赤らめてすぐ本を閉じました。

    自己評価高そうな表現について

    母親は心配してしばしば電話をよこすが、今の自分を恥ずかしいと思ったことはない。

    恥ずかしいわ。こんなやついたら恥ずかしいだろ! まず、家族からの電話は基本的にはとっていません。僕は恥ずかしい話だけど、中学生以来まだ反抗期が終わっていなくて家族とまともにコミュニケーションが取れていない。 基本的には家族をそんなに信用していないし、なんだったらギークコミュニティにいる人達の方が話しやすいし、何でも相談しやすい。両親って基本的に実の子供に対して両親バイアスかかっちゃってるから、本当に子供がやりたいことに対して適切なアドバイスをしてくれるとは限らないんですよね。phaさんの新刊にも家族についての話が出てきているけど、まぁそんな感じ。

    育ててくれた親に対してって怒られそうだけど、取材を通じて考えを整理して分かったことは、僕はやっぱり両親に対して一生申し訳無さを背負って生きていくしかなくて、これ追求するとやっぱ自殺したくなるんだよなぁということ。実家にいるときはマジで辛かったし、案外実家を出ると楽になる。本当に申し訳ない気持ちでいっぱいだけど、悪いけど今は一緒にいると不幸しかないからそっとしておいて欲しいし、僕を産んだことに対する損失を請求されたら自己破産かバックれるしかないなと思っている。 というわけで、基本的には自己評価はめちゃくちゃ低いんじゃないかなと思っているし、そもそも自己評価が高かったら彼女とかいそうなもんですけど!

    全体的に社畜を見下している感じについて

    この記事を開いた時に社畜は最底辺という見出しがでかでかとでていてビビる。以下、当該部分を引用する。

    「社会のヒエラルキーの最底辺にいるのは、精神が摩耗した会社員、つまり社畜。起業家やフリーランスはその上で、トップは僕みたいにあくせく働かないで暮らすニート」

    もう完全にやばいやつですよこいつは。 一応元ネタを話すと、ギークハウスのヒエラルキーネタがあって、「ギークハウスではニートが頂点、社畜が最底辺」というお決まりのネタがある。これはあながちネタでもなくて、ギークハウスに一人ニートがいると、掃除してくれたり、荷物を受け取ってくれたり、色々と便利な事が多い。 そして「ニートがヒエラルキーの頂点」という文化って、要はニートの居場所を作っていることにほかならない。ニートにとって一番の悲劇は実家しか居場所がない人達だ。『フリーターとニートの社会学』という本でも触れられているけど、社会学的なアプローチだとニートになりやすい人って家とか職場の強固な繋がり以外の、弱い繋がりを持っていない人がニートになる傾向が強いそうだ。

    これはphaさんの言ってるゆるい繋がりであり、実はニート対策って正社員に就職させるとかバイトをさせるとかではなくて、いかにこのゆるいつながりを作れるかにかかっていると僕は思っている。 実際に僕は正社員時代は毎日死にたいとか将来への不安でいっぱいだったけど、上京して色んな人と会って定職につかずにフラフラしている今のほうが安定した生活を送っていると思う。そりゃ仕事で成功して将来安泰の人には負けるけど、少なくとも以前よりは自分が生き抜くために必要なことを考えているし、必要な行動は取れている。大学までは「なんとかなるでしょ」で生きてきたけど、気づいたら就職してからこの考え方ができなくなっていた。それが27歳プー太郎の今ではまた「なんとかなるでしょ」って思っちゃってる。 あとこの文章の一番凶悪な部分ってトップは僕みたいにあくせく働かないで暮らすニートっていう部分だよね。断っとくが僕は割りと今はあくせく働いてる。 そもそも僕はニート=最底辺っていうヒエラルキーの否定から入っていて、まぁ多様性あってもいいでしょって言うのが僕の考えるところである。繰り返しいうけど、ヒエラルキーネタはギークハウス内の一種のネタだ。「正社員>フリーター、ニート、無職」のヒエラルキーが正しいんなら、少なくとも今の僕より食品メーカー時代の僕のほうが素晴らしいということになるけど、どうもそうは思えないんだよな。

    多様性について

    僕の部分は次のようなセリフで締められている。

    「僕をたたいて治すより、社会が僕に最適化するほうがいい。多様性を受け入れましょうよ」

    こんな図々しくは言っていないが、内容は正しい。割りとマジでこう思っている。というかギークハウス界隈とかエンジニア界隈の人って大体社会をハックしてよりよい社会を作るところに快感を得ている人達だと思うし、ギークオフィスの思想はまさに社会不適合者がより良い社会を作るところにある。 そもそも昭和期のイケイケな「ジャパンアズナンバーワン」とかいうクレイジーな思想に基づいた社会設計が未来永劫続くわけないし、常にそういうシステムはアップデートされるべきだ。働き方だけに限らず、少年法だったり、Airbnbだったり、ドローンだったり、なんだったら今みんなが大好きな憲法問題もそうでしょ。枚挙にいとまがないけど、昔うまく行っていたと言っても今がそうだとは限らない。 ミルでもロールズでも、自分の大学の専攻だったのにもかかわらずあんま思い出せないけど、自分がハッピーになる手段が社会にとってもハッピーだったらそれはいいことだ。いつまでもひとつの価値観に縛られるのはちょっともったいない。

    まとめ

    AERAでは社畜を見下している自己評価が無意味に高いニート風に描かれていて、意識高い系として書かれているリバ邸の人、後に続く「真性意識高い系」の人やSNSによりどころを求めている女の子とかもひっくるめて噛ませ犬的なポジションとして描かれている。僕が自分に関する記事を見てそう思ったように割りと出てくる若者みんな馬鹿っぽく書かれているのでちょっと面白い。 そんでもって最終的には「マイルドヤンキー」が結構肯定的に捉えられている。AERAの読者層はバックナンバーとかを読む限り中高年の主婦なので、AERAで若者を企画を通そうと思ったらこういう形になるのは必然なんだろうと思う。逆に言うと、メディアで記事を書く人というのは、メインの読者層という縛りの内側で表現をしなければいけないから大変そうだ。 繰り返しいうけど、掲載されて本当に嬉しいと思っている。なんとかAERAが求めていたモノを提供できて、誌面に乗ることができたし、でかでかと写真まで掲載していただいたので感謝するばかり。 AERAは他にも面白い人達がたくさん乗ってたり、若者世代に関することについて色々書かれているのでぜひ読んでみてください。