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もしも地方の無能社員が『ニートの歩き方』と『ナリワイをつくる』を読んだら

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隅田川でだらだらしてるところ

ドラッカーって女子校生のイメージだったけど普通にオッサンであることに衝撃を受けますよね。

この記事はギークハウスAdvent Calender2015の24日目です。2016年のクリスマス・イブまでに書けばギリギリセーフなのではないでしょうか。すみませんごめんなさい。

という神の啓示があったので、頑張って書きました。

さて、ギークハウスの住人はエンジニアとかIT系の人が多いですが、もちろんそれ以外の人でも入居は可能ですし、実際に何人かいらっしゃいますし、ギークハウスでプログラミングを覚えて就職するような方も何人もいらっしゃいます。

ギークハウスに合うかどうかで重要なのは「インターネットが好きだ」という一点に尽きるのではないかと思います。これは単に「一日に何時間ネットサーフィンしてます!」とかそういうのではなくて、文脈的にはネットのカルチャーが好きだったり、ネット的なコミュニケーションが楽とかそういうものです。

僕がそうだったように、エンジニア以外でもphaさんのブログや著書でその考えに共感してギークハウスコミュニティに興味を持ったという人もいると思います。今回はphaさんの考えに共感してギークハウスに興味を持った人に向けて書いてみようと思います。

というわけで、僕が上京してギークハウスに入居してからの一年について書いてきます。非エンジニアで入居を考えている人の参考になれば。長い上に基本的に自分語りなので注意してください。要約すると、地方で色々悩んでたおっさんが東京住んでみたら色々楽になっただけの話です。

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頑張るのをやめた話

あんましネガティブなことを周囲に撒き散らしてもみんな不幸になるだけなのは重々承知なんですが、ギークハウスに住むきっかけのきっかけ的な原動力のようなところなので一応触れておこう。

ギークハウスに住んだ、あるいは地元を脱出して東京に逃げてきたのは僕が無能すぎて親が多大な損失を生みながらも用意してくれたレールから脱輪して大事故になってしまったからである。よくレールに乗った人生は嫌だとか言われてるけど、車輪がガタガタで丹念に敷設されたレールでさえ満足に走れない身からすると贅沢な悩みだ。高校中退したりニートしたりフリーターしたりして脱線しつつも基本的には大卒からの就職定年コースに舵をとったわけなのだけど、新卒で営業として入社した地元の食品メーカーではとうとう一人で営業に出ることもなく、自分と周囲の双方の限界が近づいたので部署を移動させてもらった。別にこの一社だけではなく、これまでも圧倒的にできないバイトも何個かあって、どうも自分には単純作業以外不可能なんだなと薄々感じてはいたのでやっぱりな〜って感じだった。

ギークハウス発起人のphaさんが最近出した著書の「しないことリスト」では行動をラクにする努力しないリストという章の冒頭で、ラリー・ウォールのプログラマ三大美徳に加えて、ドイツ軍人のハンマーシュタインの有名な一節を紹介している。

「有能な怠け者は指揮官にせよ。有能な働き者は参謀にせよ。無能な怠け者にはルーチンワークをやらせろ。無能な働き者には一切責任を与えるな」

pha『しないことリスト

頑張るのは無条件でいいことではなく、がんばらないでなんとかするということも重要だ。ハンマーシュタインは軍人の組織論を語っているわけだけど、会社はだいたいトップダウン指揮命令系統をもった軍隊的な組織だし、何より僕はこの区分で言うところの最も避けるべき無能な働き者だったわけだから、身に染み入る。

自分が無能だというのは結構辛い現実で、若さゆえの過ちぐらいならまあ認めてもいいけどこれはなかなか厳しいものがある。でも、これは無能な人間にとっても組織で生きる上での重要なヒントにもなっていて、要は無能なら怠け者を目指すのがよいということになる。実際、ハンマーシュタインいわく組織の9割は無能な怠け者らしい。

実際に僕は営業から現場の出荷作業の部署に移してもらったんだけど、そっちはほぼルーチンワークだったので僕でもまだ仕事になっていたと思うし、毎日楽しく過ごすことができたのでそれなりに心にも余裕が出てきた。働くこと全てが無理という人もいるので、鼻くそほじりながらでもできる単純作業ならまだできるというのはちょっとだけ安心できる。見渡すと結構そういう仕事も多いし。今もなんだかんだ鼻くそホジリティの高いルーチンワークで適当にお小遣い稼ぎしているので、基本的にニート的生活をエンジョイしつつも金に困ったら素直に時間を売却するようにしている。

迷ったらより楽な方へ

僕の場合、組織でうまく生き抜くコツは怠けることだったわけだけど、そもそもこの働き方以外の生き方もあるんじゃないかと思っていた。Webとかやってみたかったし、広島以外にも住んでみたかったし、話の合いそうな人と話してみたかったし、東京に行きたかった理由は山程あげられるけど、最も核心的な部分はもっと楽に生きる方法を探しに来ていることだ。

この考えがどこから沸いたのかというと、やっぱり会社員時代に悩んでいるときにphaさんの『ニートの歩き方』と伊藤洋志さんの『ナリワイをつくる』を手にとったことが大きい。この二人は結構違う方向性で活動しているように見えるけど、両著を見てると高度経済成長期に作られた働き方や価値観に対する違和感が出発点ということは共通している。

phaさんの『ニートの歩き方』の冒頭ではこう書かれている。

じゃあなぜ、日本に生きる若者がこんなに生きづらさや閉塞感を感じているんだろう。それは多分、日本の経済がまだ成長している頃に作られたルールや価値観が生き残っていて、それがみんなを縛っているせいなんじゃないかと思う。

pha『ニートの歩き方 ――お金がなくても楽しく暮らすためのインターネット活用法

伊藤さんも同じように、ざっくり言うと昭和期の専業化が進んだことが矛盾の原因と考えているようだ。

そもそも、仕事はもっと多様性のあるものだった。季節ごとに生業は変わるし、色々な仕事があり、それを各自が組み合わせて生活を組み立てていた。それをわずか、40~50年で変えてしまった。ここにも日本の働き方の矛盾の根源がある。

伊藤洋志『ナリワイをつくる 人生を盗まれない働き方

「伝統的な」と形容詞のつくもののほとんどが戦後にできた新しいものであるように、会社という組織で生きるという事自体も高度経済成長以後の新しい働き方なのである。組織でうまく生きられないけど、もしかしたらそれとは違う生き方を実践したらさらに楽になるかもしれない、というのが地元でルーチンワークを続けなかった理由になるかな。まぁこれは結構悩んだんだけど。

楽な生き方の実践

基本的に働いてない時間の方が多そうなphaさんと複数のナリワイを作っている伊藤さん、出発点が同じでも方向性が全く違うように思えるけど、それでも実践している生き方のコアな部分は共通していると思っている。

例えば僕が最も感銘を受けたphaさんの言葉は次のようなものだ。

自分に本当に大切なこと以外は諦めるのが大事だ。いろんなことを諦めると人生はわりと楽になる。

pha『ニートの歩き方 ――お金がなくても楽しく暮らすためのインターネット活用法

phaさんは後に『しないことリスト』という本も出していて、諦めることがphaさんの考え方の根底にある部分なんだと思う。諦めるというとなんだかネガティブに聞こえるけど、これはそれは本当に自分に必要なのかということを自分なりの価値観で、自分のペースでひとつひとつ考えていくことにほかならない。

伊藤さんは具体的にナリワイをつくる際のポイントとして次のようなものを挙げている。

ナリワイをつくるための基礎的な鍛錬は、大きく分けて2つある。  第一の鍛錬の方法は、「未来を見る」。第二の方法は、「日常生活の違和感を見つける」だ。

伊藤洋志『ナリワイをつくる 人生を盗まれない働き方

「未来を見る」というのは作業仮説を立てて実際に実証していくという作業だ。伊藤さんは「こういうものがあったらいい」というポジティブなアイデアだけでなく、「無駄なもの」というネガティブなアイデアも重視している。第二の方法「日常の違和感を見つける」は要は第一の方法を帰納的にしたものだ。どちらの方法もやはりポジティブなものだけではなくて、無駄なものを発見することがナリワイの基礎的な素養となっている。

ナリワイは単なるスモールビジネスの複業ではなくて、生活の延長で収入を作ると同時に日常の生活で無駄な部分の支出をカットすることをものすごく重視している。「ダブルインカム」状態と表現していて、本来の意味とは少し違うけど実質そうだなぁと思う。

対称的にも見える二人だけど同じ方法論を持って全く違う生き方をしている。それぞれ自分の著書でヒントだったりマニュアルではないと言っているのは、結局自分にとっての最適解を自分で判断しなきゃいけないからだ。

不安も大きかったけど、自分にとって必要でないものをそぎ落としながら、本当に必要なものを考える作業というのは始めてみると存外楽しいし、想像以上に人生が楽になった。伊藤さんの副題の人生を盗まれないとはよく言ったもので、これは何か他人の人生を生きるっていうジョブズの表現を思わせる。

ここ1年何を諦めるべきかを色々考えていたんだけど、とりあえず死なないラインを死守すればなんとかなるんじゃないかと思っている。まぁお金とかはあるに越したことはないけど、働くのに向いていないのでお金のために消耗してしまうことが多々ある。あくまで自分に無理のない範囲で自分の命とお金をトレードしていかないとなあと考えている。

恐怖の棚卸しをしておこう

たまに「もし◯◯があったらどうするの?」ということを聞かれる。◯◯には基本的に病気とか金がなくなったりとかが入るんだけど、要するに「お前リスク対策できてないんじゃねえの?」っていうことを突っ込まれるというわけだ。さらに突き詰めていくと「結局最後には生活保護に頼るんだろ?」という批判でもある。

生活保護に関してはもうどうしようもなくなったらもちろん遠慮なく容赦なく使うのだけど、それはさておき。生きている以上リスクからは決して逃れられないので対策を講じることは大事なんだけど、じゃあ周りの人がどういうことをしてるかといえば、まずは正社員職についていることが最大の対策で後は個人年金積立てたり保険に加入したり資産運用したりといった感じのことだ。

そりゃそこまでできたら僕だってやるんだが、これらは僕にとっては完全にキャパシティを越えている。健康保険料を払うために食費を削って不健康になっているようなもんだ。

生活と同時に当然リスクヘッジもシュリンクしないといけない。そこもまた何を諦めて何を取るかという選択肢になるんだけど、僕の場合は「とりあえず死にはしない」という最低ラインはしっかり死守したいところだ。

リスクや不安、恐怖といったものに関して、伊藤さんは次のようなことを言っている。

ナリワイをつくる前に、様々な「恐怖」を「危機感」に変換できることが基礎能力として必要である。恐怖は、お化けみたいなもので、周りがどんな解決策を授けてくれようが、行動できなくさせる力を持つ。

伊藤洋志『ナリワイをつくる 人生を盗まれない働き方

さらに、恐怖の正体を暴けば大抵のものは解決可能なものの集合体に過ぎないとしているのだが、結局のところ行動を縛っている恐怖について人はあんまり考えてないものだ。一つ一つの恐怖を小分けして対策を考えれば、生活を削って保険料を払うまでもなく対策可能だったりする。恐怖の棚卸しをしていると自分にとって本当にクリティカルな懸念事項というものも自ずとわかってくる。

僕が路上で寝てたりしてるのも、通勤がだるいとかもあったけどつまるところこれだ。全てがどうしようもなくなったときに行き着く先は路上なので、プレテスト的にどんなもんか体験しておこうというものだ。まだまだ路上生活までは十分に実証できてないものの、実際に路上に放り出されるような事態になっても知見も装備もある程度手に入ったのでなんとかなるだろう。

ゆるく繋がってたらなんとかなりそう

リスクとかそういうものを考えてるけど、今のところまあなんとかなるだろうと思う。なんとかならないリスクは大概対策もなんとかならないけど、発生率もごく少ないので事が起こってから考えればいいなぁと思う。

根拠もなしになんとかなるなあって思ってるわけではなくて、一番の理由は色んな人とゆるく繋がったからだと思う。自分が今検討していることなどに対してSNSで投げかければ、大抵の場合自分よりも豊富な知見を持った人からのアドバイスが即座に手に入るので舵取りがずっとしやすいし、ふとしたことで仕事がもらえたりする。

考えてみれば、今までは会社や家族、親しい友人ぐらいしか繋がりはなかった。これらはネットワークとしてはかなり強固な繋がりで、親身になってくれるしかけがえのない繋がりだけど、コンピュータのネットワークの安定性と同じで、繋がりの本数が少ない場合はそれが何かのアクシデントで切られてしまうと機能しなくなってしまう。僕は元から人間関係が脆弱だったってことだ。

後は血縁・地縁のみの繋がりしか持っていないと、価値観の合う人を見つけづらいというのが大きい。ギークハウスは技術系の話が通じるし、それ以外の話題でも面白そうなら興味を持って聞いてくれることも多いのでそこが住みやすいところだ。地方に住んでいるとこれらの人と繋がるのは結構難しくて、僕もWebに興味を持ったのは結構早かったけど、結局ネット以外に周囲に相談する人がいなかった。東京だったりシェアハウスだったりというのはゆるい繋がりが作りやすい。

「ゆるい繋がり」というのはphaさんの本で僕は初めて見たんだけど、もともとはアメリカの社会学者のマーク・グラノヴェッターの弱い紐帯の強みという考えから来ているらしい。これは現在の職を得た方法を調べると、繋がりの強い人よりも弱い人からの情報を得ている人が多かったというもので、新情報はあまり知らない人からもたらされるということを示している。

共同体の情報の伝播の仕方に関する話で、ビジネスとかでいっぱい人と繋がっとくとええやんけって話なんだけど、いわゆる家族や会社などの強固な繋がりによるセーフティネットが崩壊しつつある現代においては、ネットやSNSの普及で誰でも容易にゆるく繋がれることが非情に重要になってきている。

phaさんは『ニートの歩き方』で広くゆるい繋がりを維持することが楽にいきるためのポイントであることを繰り返し強調していて、伊藤さんとの共著『フルサトをつくる』では家や家族の形が時代とともに変化してきたことを踏まえて次のように言及している。

少しずつ弱くなってきている「家」や「家族」という概念でカバーできなくなってきているところをカバーするのが「個人によるゆるいつながり」だと考えている。

pha・伊藤洋志『フルサトをつくる 帰れば食うに困らない場所を持つ暮らし方

これは単に若者同士で耳触りの良い事を言い合っているわけではなくて、少し上の世代の人だと佐々木俊尚さんも『自分でつくるセーフティネット』でこの枠組の変化を肌で感じている世代として語っている。この本で佐々木さんは、かつて最強にして唯一のセーフティネットだった会社が「理の世界」と「情の世界」が表裏一体でうまく社会がまわっていたのが、近年になってグローバリゼーションの「理」ばかりが勝ってしまっていて「情」が置き去りになっているとして、新時代のセーフティネットたる弱いつながりについて次のように触れている。

そういう時代に、弱いつながりを大切にして、多くの人とつながっていくというのは、これこそがまさに新しい「情の世界」なんじゃないかとわたしは思うんですよ。それこそが新しいセーフティネットじゃないかと思うんですよ。

佐々木俊尚『自分でつくるセーフティネット: 生存戦略としてのIT入門

佐々木さんは再び「理」と「情」のバランスを回復することがセーフティネットの構築につながると書いているんだけど、この「情」はかつての会社のような大きな「箱」ではなく、個々のゆるい繋がりによるネットワークという新しい形になると言っている。

ギークハウスはネット的コミュニケーションが可能なリアルの空間だ。シェアハウスごとにも多少異なるけど基本的に人の出入りも多くて面白い人、変な人、何かすごい人とか色々来るのでゆるい繋がりが維持しやすい。謎のまぁなんとかなるやろ感はここから来ている。

地方住みの人こそギークハウスへ

長々と自分語りになってしまいましたが、同じように地方で閉塞感を抱えてて、東京やギークハウスに興味がある人がいたら気軽にどうぞというお話でした。自分もそうでしたが、首都圏の人はギークハウスに遊びに来やすいけど、地方だと結構遊びに行くハードルが高かったし。

また、地方在住だとなかなか話の合う人がいなくて結構つらみがありますが、ギークハウスは結構同じ志向の人間が集まってるので、結構話も合うし、他人でもないけど家族でも友人でもない住人の距離感もちょうどいい感じで居心地は結構いいです。ちなみに低所得で沈没してるのは僕くらいで、ギークハウスでプログラミングを覚えて就職している人はたくさんいるので、その辺はご安心ください。逆にニート不足のギークハウスが多いそうなのでニートはお気軽に。

最近だと首都圏のギークハウス以外にも地方ギークハウスが増えてきているのでそちらに行ってみるのもいいかもしれません。

この記事を書くにあたって本を読み返していたんですが、やっぱりすごく影響を受けてたんだなあと改めて思いました。この記事だとあんまりまとまってないので、phaさんや伊藤さん、佐々木さんの本を各自補足していただければ幸いです。なお、買ってくれると僕にもお金が入ってハッピーになります。

ちなみに、人生の転機となったphaさんに実際に会う機会もあり、ブログやテレビで見た通りのだるさを体現していてやっぱりすごいなと思いました。有名人に会ってキャーキャーすると言うより、高僧と対面してありがたみを感じるような感じでしょうか。とにかく会うことができて嬉しかったです。

明日(2015年12月25日)は@hotoriさんです。よろしくお願いします。

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インターネット乞食

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